折るのは折り紙、伸ばすのはシワ

折るのは折り紙、伸ばすのはシワ

私は手先が器用な方じゃないのであまり上手ではなかったけれど、こどもの頃はよく折り紙で遊んでいました。

いろんな色が数枚ずつ入っている折り紙。すぐに無くなってしまうのは、大好きなピンク色や赤色でした。大好きだから使うのがもったいなくて最初は青や黄色とか他の色を選ぶんだけど、大好きだからやっぱり使いたくなってしまうんですよね(^^ゞ

ピンク色の折り紙を使うときは、他の色よりも丁寧に丁寧に折っていました。いつもはちょっとくらいズレていても見て見ないフリする端同士も、ピンクに限っては見なかったことにはできません。

黒・灰色・茶色とかは最初に使う気にもなれず、途中で使いたくなることもなく、最後まで残っていたのを覚えています。

不器用な私は手がこんだことはできないけれど、鶴やヤッコさん、ヤッコさんをアレンジしたカメラなどは苦労せずに折ることができました。本を見ながら、大人でも感心するほど上手にいろいろ折ってみせる子もいましたね。私にはマネできないだけに、ちょっと尊敬。

折り紙を上手に折れるかといって誰かに好かれることはないかもしれないけれど、折り紙を折るのが下手だという理由で嫌われることもないと思います。

他の人が話をしているのに、「あっ!そういえばね…」と話し出す。「実は私もね…」と自分の話に持っていく。周りにいないでしょうか。いつも話の腰を折る人。「あの人は人の話を折るから…」といって敬遠されることはあっても、好かれることは滅多にないでしょう。

折り紙は折って楽しむものです。年をとって腰が折れるのは、仕方がないことです。でも人の話の腰は折るものじゃありません。話の腰を折ることは年齢に関係ないので、年をとったから仕方がないと許されることでもありません。

くれぐれも、折るのは折り紙だけにしておきましょう。そして関係ないですが、年をとっても腰は真っ直ぐなままでいたいですね。

私は人の話の腰を折るよりも、延ばしてしまう傾向にあるようです。「それからどうなったの?」「そのときはどうしたの?」「それでどう思った?」など、相手の話に食いついていくことが多いのです。

そういえば私は昔から、プレゼントなどが包まれていたキレイな包装紙のシワを伸ばして、大切にとっておく傾向にありました。折り紙を折るよりも、色とりどりの包装紙のシワを伸ばして集めることが好きだったのかもしれません。

洗顔石鹸

来てと言ったり来るなと言ったり

早く来てほしいような、まだ来ないでほしいような…。私にとって、秋はそんな複雑な季節です。

気候的には苦手な季節。夏の暑さが少しずつ影を潜めるにつれて、私の影も薄くなるともいえるかもしれません。遠ざかっていく夏の暑さに、周りが「さよなら」と手を振る中で私は「行かないで」としがみつきたい気持ちでいます。

その一方で、味覚的には待ち遠しい季節。いも・栗・かぼちゃをはじめ、秋には私の大好きなものがおいしくなります。

さつまいもは焼きいもにしたり、煮物にしてねっとり感を楽しんだり、蒸してホクホク感を楽しんだり。栗は刻んで栗ご飯にしたり、つぶして裏ごししてきんとんにしたり。かぼちゃは揚げたり焼いたり、つぶしてサラダもいいけれど、一番好きなのは煮物です。

いも栗かぼちゃなどを使ったお菓子やスイーツも、街中に溢れ出します。どれも食べたいけれど、全てを食べるわけにもいかず。嬉しいような切ないような悲鳴がどこからか聞こえてきたら、それは私の声かもしれません。

くりこ庵が作るたい焼きにも秋季限定あんがあるのですが、それもまた私の好きなものばかり。なんといっても魅力が高いのは、きなこあん(330kcal)です。いつもは小豆を使った粒あん派で、白あんにはまず手を出しません。

同じ白あんでも、きな粉がたっぷり練りこまれていると言われたら別。しかも使われているのは普通のものじゃなく、より一層風味が高いものだというので、期待もより一層高まるというものです。きなこあんは作るのも難しいらしいので、食べるときは丁寧に味わわないといけませんね。

もう一つの秋季限定・かぼちゃあん(353kcal)も見逃せません。この餡に使われている北海道産えびす南瓜を食べたことはありますか?それはそれはとても美味しいのですよ。あのえびす南瓜を使った餡が美味しくないわけがないし、そのかぼちゃあんを包んだたい焼きを私が気に入らないとは考えにくいです。

いも・かぼちゃはあって、栗が無いわけありません。お店の名前も「くりこ庵」なのですから。和栗が贅沢に使われたくりこあんは、秋にも冬にも、さらには春になっても味わえます。ただ、夏だけはおやすみ…。夏は品質が下がる恐れがあるからというのが理由です。6月~9月までの4ヶ月間は淋しいですが、しかたないですね。

あぁ、やっぱり秋は早く来て欲しいようなまだ来なくていいような、複雑な季節です。